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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)1882号 判決

原告 能登谷明

〈ほか一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 中村健

同 二階堂信一

同 飯塚義次

被告 大久保製壜所 検査課労働組合

右代表者執行委員長 杉田育男

〈ほか三名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 五百蔵洋一

同 戸谷豊

同 笠井治

同 重国賀久

主文

被告大久保製壜所検査課労働組合は、原告能登谷明に対し、別紙陳謝文を手交せよ。

被告ら四名は、原告株式会社大久保製壜所に対し、各自金八万〇三六九円及びこれに対する昭和五二年一月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告能登谷明のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告能登谷明と被告大久保製壜所検査課労働組合との間に生じたものは被告大久保製壜所検査課労働組合の負担とし、原告株式会社大久保製壜所と被告ら四名との間に生じたものは被告ら四名の負担とする。

この判決は、原告株式会社大久保製壜所の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  (原告能登谷明の被告大久保製壜所検査課労働組合に対する請求)

(一) 被告は、原告に対し、別紙陳謝文を手交するとともに、これを縦一メートル、横二メートルの紙に墨書して、これを東京都墨田区東墨田一―一―一六所在の株式会社大久保製壜所工場正門前の見やすい場所に一週間掲示しなければならない。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  (原告株式会社大久保製壜所の被告ら四名に対する請求)

(一) 主文第二項に同じ。

(二) 訴訟費用は被告ら四名の負担とする。

(三) 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  (被告大久保製壜所検査課労働組合)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 請求の趣旨2の(三)につき仮執行免脱宣言。

2  (被告杉田育男、同長崎広及び同橋本正利)

(一) 原告株式会社大久保製壜所の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告株式会社大久保製壜所の負担とする。

(三) 請求の趣旨2の(三)につき仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告株式会社大久保製壜所(以下「原告会社」という。)は、肩書地で薬用壜等の製造販売を業とする会社であり、いわゆる「福祉モデル工場」として多数の身体障害者や精神薄弱者を雇用して作業を行い、社会福祉事業の一翼を担う企業であって、原告能登谷明(以下「原告能登谷」または「能登谷課長」という。)は、原告会社の人事部課長の職にある者である。

(二) 他方、被告大久保製壜所検査課労働組合(以下「被告組合」という。)は、昭和五〇年一二月三日に原告会社管理部検査課の職員三六名によって組織された労働組合であって、未登記のため法人格を取得していないが、組合規約及び代表機関の定めを有する権利能力なき社団であり、被告杉田育男(以下「杉田」という。)は被告組合の執行委員長、被告長崎広(以下「被告長崎」という。)は同執行副委員長、被告橋本正利(以下「被告橋本」という。)は同書記長として、それぞれ被告組合の指導的地位にある者である。

2  被告組合の原告能登谷に対する不法行為

(一) 被告組合は、昭和五一年九月二六日発行の「抗議スト決行中」と題するビラに、昭和五一年九月二五日、能登谷課長が検査課労働者、検査課労働組合に対して「お前ら人間じゃないよ」と暴言した旨の記事を掲載し、右ビラを右二六日に原告会社の従業員多数に手交して配布し、また、同日発行の「地域の皆さんへ」と題するビラに「会社職制はお前ら人間じゃないよ(能ト屋課長)という発言を平気で云いました」旨の記事を掲載し、右ビラを翌二七日朝、原告会社の近隣の多数の郵便受に投函した。

(二) しかしながら、原告能登谷はそのような発言をしたことはなく、実際は、昭和五一年九月二五日午後四時五五分頃から同日午後一一時頃までの間、被告組合の組合員が原告会社の事務室に乱入するなどしてトラブルを生じた際に、被告長崎が原告能登谷を「人間じゃない」などと罵倒していたところ、組合員である訴外石井和夫が、原告能登谷に対して「俺達は一体何だ」と詰問するかのように叫んだため、原告能登谷が「人間じゃないかよ」と答えたのにもかかわらず、被告組合は、組合員の右のような発言を棚に上げて、原告能登谷が組合員らに対して「人間じゃないよ」と発言したなどと事実をすり替え、右(一)に記載のとおり、被告組合の二種類のビラに虚偽の事実を記載して配布し、不特定多数の者に虚偽の事実を流布したものである。

(三) 原告能登谷は、右ビラの記事によって名誉信用を毀損され、社会福祉事業に携わる社会人として致命的な打撃を受け、精神上甚大な苦痛を被ったので、右損害を回復するには、別紙陳謝文の手交と掲示が必要である。

3  被告らの原告会社に対する不法行為と損害

(一) 昭和五一年九月二五日の件

右同日の午後四時五五分頃、被告杉田、同長崎、同橋本をはじめとする多数の被告組合の組合員が原告会社構内に乱入して会社事務室を不法に占拠するなどしたが、その際、組合員のうちの何者かによって会社事務室入口扉の錠前が破壊された。

原告会社が右錠前を取替えたところ、錠前の代金は金四五〇〇円であった。

(二) 同年一〇月二四日の件

同日の午後一〇時頃、被告杉田、同長崎、同橋本をはじめとする多数の被告組合の組合員が、夜陰に乗じて原告会社構内に乱入し、原告会社に無断で組合のビラ約二百数十枚を原告会社の表門扉、道路に面した建物の壁、シャッター、表札、女子寮出入口、窓ガラス等に貼付した。

原告会社は、翌二五日、被告組合に対して、同月二七日までに右貼付ビラを撤去し、建造物を原状に復するよう催告するとともに、右期間内に履行しない場合には原告会社においてこれを撤去し、その撤去費用を請求する旨通告した。

しかしながら被告組合は右期間内に右ビラを撤去しなかったので、原告会社においてこれを撤去したところ、撤去費用として金七万五八六九円を要した。

(三) 被告らの責任

(1) 右九月二五日及び一〇月二四日の各行為は、いずれも被告組合の団体意思に基づき、被告組合の活動として行われたものであるから、被告組合はその責を免れない。

(2) また、被告杉田、同長崎及び同橋本の三名は、前記のとおり組合三役であり、このような組合幹部は、組合活動に際して違法な行為が行われないように注意してこれを阻止する義務があり、違法行為が行われた場合には、民法第四四条の適用ないし類推適用によって、その責任を免れることはできない。

4  よって、原告能登谷は、被告組合に対し、不法行為に基づく損害の回復として別紙陳謝文の手交と掲示を、原告会社は、被告ら四名に対し、連帯して、不法行為に基づく損害賠償として金八万〇三六九円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五二年一月二九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  同1は認める。

2  同2につき

(一) (一)は認める。

(二) (二)は、昭和五一年九月二五日午後四時五五分頃から同日午後一一時頃まで、被告組合が原告会社に対して説明会の開催を求めたこと、その間に訴外石井和夫が原告能登谷に対して「俺達は一体何だ。」と質問したことを認め、その余は否認する。

(三) (三)は争う。

3  同3につき

(一) (一)のうち、昭和五一年九月二五日午後四時五五分頃、被告杉田、同長崎、同橋本をはじめとする被告の組合員が説明会の開催を求めて会社事務室に入ったことは認めるが、錠前が破壊されたことは否認し、原告会社が錠前を取替えたこと及びその代金額は知らない。

(二) (二)のうち、「被告杉田」及び「夜陰に乗じて原告会社構内に乱入し」との部分は否認、貼付ビラの撤去費用額は知らないが、その余の事実はいずれも認める。

(三) (三)のうち、九月二五日及び一〇月二四日の行為が組合活動として行われたこと、被告杉田、同長崎、同橋本が組合三役であることは認め、その余は争う。

4  同4は争う。

三  抗弁

請求原因で述べられている各行為は、いずれも正当な組合活動として行われたものである。

1  昭和五一年九月二六日付ビラ配布の正当性

被告組合が、右同日付の「抗議スト決行中」と題するビラ及び「地域の皆さんへ」と題するビラに、原告能登谷が「人間じゃないよ」と発言した旨を掲載したのは、そのような発言が本当になされたからだけではなく、このような発言が、「福祉モデル工場」の名の下に精神薄弱者及び身体障害者を劣悪な労働条件で酷使して、人間扱いしてこなかった原告会社の実態を端的に表現しているものであったから、このような実態を他の従業員や近隣の人達に知ってもらい、被告組合を支持してもらって、原告会社の労務政策の転換を図らせるためであり、このような行為は、公益に合致しており、正当な組合活動である。

2  同年一〇月二四日のビラ貼付の正当性

(一) 原告会社は、昭和五〇年一二月三日に被告組合が結成されて以来、次のとおり、一貫して組合敵視の態度をとり続けている。

(1) 昭和五一年一月五日には、組合潰しのため訴外某製薬会社の労務担当経験者である屋上八郎を原告会社の取締役人事部長として迎えた。

(2) 同月八日から同年三月六日にかけては、精神薄弱者たる労働者の親族にはたらきかけて、組合脱退を強要したり、親元に連れ帰らせ、一四名の右労働者が被告組合を脱退した。

(3) 同年二月には、会社職制が羽野澄夫組合員に対して組合からの脱退をはたらきかけた。

(二) また、原告会社は、二四時間操業を行っていて、その勤務時間は、一部(七時~一五時)、二部(一五時~二二時)、三部(二二時~七時)に分かれ、A、B、Cの三組に編成された従業員が一週間交替で各部を担当する三組三交替制をとっていたが、同年九月一八日に新勤務体制を提案した。

しかしながら、新勤務体制は労働条件の悪化を伴うものであったため、被告組合員等検査課の有志が、被告杉田を代表として、右勤務体制について団体交渉を求めたが会社はこれに応ぜず、かえって、同月二五日に被告らが団交や説明会の開催を求めて行動したことに対して懲戒処分を行ってきた。

(三) 右のとおり、被告組合結成後の原告会社の対応は一貫した組合敵視であり、その切崩しを狙った不当労働行為の連続である。その原告会社の対応が労働条件の悪化をもたらす新勤務体制の一方的強行、団交拒否と組合員に対する大量懲戒処分という形ではっきりと現われてきたのである。このような原告会社の組合否定の態度に対して本件の如くビラ貼付を行うことは正当な組合活動というべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は、被告組合が、九月二六日付ビラに、原告能登谷が「人間じゃないよ」と発言した旨の記事を掲載したことは認め、その余は否認する。

2  同2のうち、

(一) (一)は、昭和五〇年一二月三日に被告組合が結成されたこと、同五一年一月五日に訴外屋上八郎が原告会社の取締役人事部長に就任したことを認め、その余は否認する。

(二) (二)は、会社の勤務体制が被告ら主張のようなものであったこと、九月二五日に新勤務体制を提案したこと、同月の被告らの非違行為に対して懲戒処分を行ったことを認め、その余は争う。

(三) (三)は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告会社が薬用壜等の製造販売を業とする会社で、原告能登谷がその人事部課長の職にあること、被告組合は、昭和五〇年一二月三日に原告会社の検査課の職員三六名によって結成された労働組合であって、未登記のため法人格を取得していないが、組合規約及び代表機関の定めを有する権利能力なき社団であり、被告杉田が執行委員長、同長崎が副執行委員長、同橋本が書記長の地位にあること、同五一年九月二五日、新勤務体制への移行をめぐって、被告組合が説明会の開催を要求し、その開催をめぐって原告会社との間に対立が発生したこと、被告組合は、同月二六日付の「抗議スト決行中」と題するビラ及び同「地域の皆さんへ」と題するビラに、右二五日のトラブルに際して、原告能登谷が検査課労働者らに対して「人間じゃないよ」と発言した旨の記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、これを他の従業員や原告会社の近隣に配布したこと、同年一〇月二四日、被告組合が原告会社に無断で、その表門扉、道路に面した建物の壁、シャッター、表札、女子寮出入口、窓ガラス等に組合のビラ約二百数十枚を貼付したこと、翌二五日、原告会社が被告組合に対して右ビラの撤去を催告し、併せて同月二七日までに撤去しないときには、原告会社で撤去してその費用を請求する旨通告したところ、被告組合は、右二七日までに右ビラを撤去しなかったので、原告会社が右ビラを撤去したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  被告組合の原告能登谷に対する不法行為について

1  前記当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

原告会社は、医薬用のガラス壜などの製造を業とする会社であるが、右ガラス壜の製造に際し、昼夜連続して原料を熔融する工程をとっているため、出来上った製品を検査する検査課においても三組三交替制で二四時間操業を行っていたところ、検査課の深夜勤務である三部(午後一〇時から午前七時まで)の製品検査の作業効率があまり思わしくないので、組編成替などを実施して勤務体制を改めようとしたが、検査課所属の従業員を中心として組織されている被告組合は、会社の提案した新勤務体制は労働条件の悪化をもたらすものであるとして、広く有志を募ってこれに反対することを決定した。そして、委員長である被告杉田を有志代表として、原告会社に対し、団体交渉や説明会の開催を求めたが、原告会社は、右有志の集まりがいかなる団体であるのかあいまいであるとして右説明会の開催を拒否したため、昭和五一年九月二五日午後五時過ぎ頃、被告組合員らが、原告会社正門横の事務棟入口前守衛所付近に集合して説明会の開催を要求し、これを開催することはできないとする大久保人事部次長と押し問答を繰り返した。原告能登谷は、そのころ、事務棟二階の事務室で執務していたが、被告らが下で騒いているとの報告を受けたので、その状況を確認するために前記守衛所付近に駆けつけたところ、被告杉田、同長崎、同橋本、訴外鈴木、同石井らは、説明会の開催を大声で要求し、その要求がいれられないことに腹を立て、被告長崎は、「人間じゃねえ、お前ら、ほんとに。」と原告能登谷らを罵倒し、他の者も口々に、「ふざけんじゃねえ、馬鹿野郎。」「何だよ、その態度は。」「人間のすることじゃねえ。」などと罵詈雑言を浴びせかけた。このような喧噪のなかで、訴外石井は、原告能登谷に向かって、「何なんだ。我々何だ、我々は。」と質したが、これに対して答えた同原告の発言はその場の喧噪と騒音で語尾がかき消され、周囲のほとんどの者には、「人間じゃ……」という部分だけしか明確に聞きとれない状況であった。しかし、訴外石井は、それにもかかわらず、原告能登谷が被告らを「人間じゃない」と発言したと決めつけ、その発言を非難した。これに対して、同原告は、そのような発言はしていない、いいがかりだと強く否定したが、訴外石井は同原告の言い分を認めず、両者の間において、原告能登谷が被告ら検査課の労働者を人間じゃないと発言したかどうかについて水かけ論となった。被告組合の三役である被告杉田、同長崎、同橋本らは、その場に居合わせたにもかかわらず、原告能登谷がどのような発言をしたのか聞きとれず、また、同原告が「人間じゃない」と発言したことを強く否定しているのを聞いていたが、組合員である訴外石井が右のような発言を聞いたと主張するので、翌日付の二種類の組合のビラに、原告能登谷が検査課の労働者らに対して、「お前ら人間じゃない。」と発言した旨の本件記事を掲載した。そして、このビラを原告会社の従業員に交付したり、原告会社の近隣の家の郵便箱に投函するなどして配布した。

以上の事実が認められる。

2  原告能登谷は、被告組合の不法行為の内容として、右配布されたビラの内容が虚偽であること、すなわち、同原告は被告ら検査課の労働者を「人間じゃない」と発言したことはない旨主張するので、この点について検討する。

本件においては、原告能登谷の当該発言がされた当時の状況を同原告自ら録音した録音テープが存在し、当裁判所は、本件口頭弁論期日において同テープを検証したが、その検証の結果によっても、訴外石井の「何なんだ。我々何だ。我々は。」と大声で質したのに対する原告能登谷の発言が、検査課の労働者が人間であることを肯定したものか、あるいはこれを否定したものかは、発言の後半の部分が騒音によってかき消されているため、全く判別することができない。しかしながら、右検証の結果によれば、前記問題の発言のあと、これらの発言をとらえて、訴外石井が、我々のことを「人間じゃない。」といったと指摘したのに対し、原告能登谷は、「いわないよ、そんなことは。」「なんでそうまげるの。」と終始訴外石井の主張を強く否定していること、また、右問題の発言があるまでの被告らと原告能登谷との発言の応酬をみると、相手方の態度を非難して、「人間じゃない、お前ら。」とか、「人間のすることじゃねえ。」などと発言しているのは、むしろ被告らの側であって、原告能登谷の側からはこれに類する発言はそれまで一切なかったものであり、唐突に訴外石井が前記質問を浴びせたのに対して、本件の問題とされる原告能登谷の発言がされたことが認められるのみならず、他方において、原告能登谷が、被告らに対して、たとえ暴言にせよ、「人間じゃない。」という発言をすべき状況にあったものとはとうていこれを認めることができない。

そうすると、原告能登谷の問題の発言は、同原告が主張するように、自分も組合員らも同じ人間じゃないかという趣旨のものであって、訴外石井は、これを聞きまちがえたか、あるいは故意に事実をすりかえて不当な非難を加えたものと認めるのが相当であるから、被告組合が配布した前記ビラは真実に反する虚偽の内容を記載したものといわざるを得ない。

3  《証拠省略》によれば、原告能登谷は、被告組合が虚偽の内容を記載した本件ビラを配布したことによって、知人などから本当にビラに記載されたような発言をしたのではないかと疑いをかけられて、著しくその名誉信用を毀損されたほか、多くの精神薄弱者や身体障害者を雇用する原告会社の管理職員として社会福祉の一翼を担っているという社会的名誉も害されて、耐え難い精神的苦痛を被ったことは明らかである。

4  そこで、原告能登谷の右損害に対する被告組合の責任について判断するに、被告組合は、本件ビラを配布したことは正当な組合活動であると主張するが、組合活動であるからといって、虚偽の事実を流布して他人の名誉を侵害することが許容されるものでないことは、改めていうまでもないところであり、特に原告会社は精神薄弱者や身体障害者を多数雇用しているのであるから、仮にもその管理職員が従業員に対して「人間じゃない。」と発言した場合には、その発言が特別の差別的意味を帯びることは、被告組合としても当然熟知していたものと考えられるから、本件のような記事をビラに掲載し、その掲載したビラを配布するに際しては、相応の慎重な態度をとることが必要であったものというべきであり、したがって、組合員である訴外石井の独断的な主張のみに基づいて本件のような記事を掲載してこれを配布したことについては、被告組合は、その内容が真実に反するものであった以上、その責任を免れ得なはものといわなければならない。そして、仮に被告杉田ら被告組合の三役らが問題の発言が被告らを「人間じゃない。」とするものであったと信じていたとしても、前認定のとおり、右同人らをはじめ多数の組合員が問題の発言の現場に居合わせ、その発言の前後の事情からしてその発言が被告らを「人間じゃない。」とする趣旨のものであったとすることはとうてい無理であったことを十分知悉していたものであるから、右発言が真実であったと信ずるについて相当な理由があるということはできない。したがって、この場合においても、被告組合は、前記不法行為責任を免れることはできないものといわなければならない。

5  そこで次に、原告能登谷の求めている陳謝文の手交と掲示が、名誉回復の措置として適当であるかどうかについて検討するに、原告能登谷が「人間じゃない」と発言した旨の虚偽の事実は、不特定多数人に対して組合のビラを配布することによって流布されたこと、原告能登谷は、前記のとおり、精神薄弱者や身体障害者を多数雇用している会社の管理職員という地位にあり、これら精神薄弱者や身体障害者に対する社会的偏見を打破し、その地位の向上に積極的に取組むことを要請される立場にあるのであるから、仮にも同人がこれらの者に対して「人間じゃない」と発言した旨の虚偽の事実を流布する場合には、それ自体特別の意味を帯び、同人の社会的名誉を著しく損なうものであること、また、被告組合は、現在においても、原告能登谷がそのような発言をしたとしていて、そのビラの記載内容が真実でないことを認めようとはしていないことなどの事実を勘案するならば、被告組合に原告能登谷に対し別紙陳謝文を手交するよう命ずることは、社会通念に照らして同人の名誉を回復させる措置として適当な処分であるといわなければならない。しかし、本件においては、前記のとおり、虚偽の事実が流布された範囲は、原告会社の他の従業員及びその近隣の住民であって、比較的限定された範囲であることが認められるので、原告能登谷は、被告組合から別紙陳謝文の交付を受けたならば、自らその旨を表明したり、また、会社の許可を得て右陳謝文を適切な場所に掲示するなどして、被告組合に依拠することなく自己の名誉を回復するために適当と考えられる措置をとることができると考えられるから、右陳謝文の手交のほか、さらに被告組合に対して、右陳謝文を縦一メートル、横二メートルの紙に墨書し原告会社工場正門前に一週間掲示すべきことを命ずる必要性はないものといわざるを得ない。したがって、被告組合に対し、原告能登谷の名誉を回復するための措置として、同人に対して別紙陳謝文を手交することのみを命ずるのが相当である。

三  被告らの原告会社に対する不法行為について

1  まず、九月二五日のドアの錠前を破壊した件について判断する。

(一)  前記当事者間に争いのない事実及び前記認定事実、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、これに覆すに足りる証拠はない。

昭和五一年九月二五日午後五時頃、新勤務体制(会社のいう組編成替など。)に反対して、説明会の開催を求めて前記守衛所付近に集合してきた被告杉田、同長崎、同橋本ら被告組合員に対して、大久保次長が説明会を開催しない旨を通告したところ、被告組合員らは大久保次長を罵倒するなどし、騒ぎを聞いて駆けつけてきた原告の能登谷課長らに対しても雑言を浴びせかけ、同所付近周辺は混乱と喧騒に陥った(なお、前記「人間じゃない」との発言問題はこの間に生じたものである。)。大久保次長及び能登谷課長らは、その場で暫く押問答を繰り返していたが、きりがないので大久保次長を先頭に事務室に引上げようとしたところ、これを阻止しようとする被告組合員らが追いすがり、事務棟二階の事務室へ至る階段踊り場で能登谷課長が被告長崎らにとり囲まれて、「人間かおまえ」「弱虫」などと罵倒されたため、大久保次長らが救出に向かい、救出された能登谷課長は、階段を駆け上って事務室に入り、事務室のドアの錠をしめたところ、暫くして、「あいた」「あいた」という喚声とともに、被告長崎、同橋本、同杉田を中心とする被告組合員らが事務室内に雪崩込んできた。他方、階段にいてこの様子に気付いた大久保次長は、階段を降りて下の守衛所から工場関係者にその旨を連絡したりした後、暫くして階段を上って事務室へ行ったところ、事務室のドアの階段側のノブが切断されて、組込まれていた錠前が破壊されていた。この間、能登谷課長は、「社長呼んでこいよ。」などと怒鳴りながら事務室内を歩き回っている被告組合員を制止しようとしたが、これを制止することができなかった。そして、後日、原告会社において右ドアの錠前を取り替えたところ、原告会社は金四五〇〇円の費用の支出を要した。

以上の事実が認められる。

(二)  右認定事実によれば、本件ドアノブの切断による錠前の破壊は、被告杉田、同長崎、同橋本らの被告組合員が事務室内に乱入する際に生じたものであるといわざるを得ない。そして、被告杉田、同長崎、同橋本は、被告組合の三役として他の組合員を指揮して右事務室に乱入したものであり、このような組合役員の行為は、一面において社団たる組合の行為であると同時に、他面において当該行為者個人の行為であるから、被告組合及び被告個人らは、右錠前の破壊の点について責任を免れることができないものといわなければならない。また、本件ドアノブの切断による錠前の破壊によって、原告会社は錠を取り替えざるを得なくなり、その代金として金四五〇〇円を支出したのであるから、この錠前の代金として支払った金四五〇〇円は、被告らの行為と相当因果関係のある損害というべきである。

2  次に、一〇月二四日のビラ貼付について判断する。

(一)  前記当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

前記九月二五日の紛争の後、原告会社は、右九月二五日の件に関与した被告組合員らに対して懲戒処分を行ったため、被告組合の委員長である被告杉田ら三役は強力な抗議行動を行うことを決定し、他の労働組合にも支援を求めたうえ、昭和五一年一〇月二四日午後一〇時過ぎ頃から翌二五日午前一時頃までの間、被告長崎及び同橋本らを中心とする被告組合員(ただし、被告杉田は、勤労青年訪中使節団の一員として参加するための打合せで他出していてこの日は不在であった。)らが、原告会社の正門付近に集合し、原告会社に無断で、正門の門扉、道路に面した建物の壁、シャッター、表札、女子寮出入口扉、窓ガラス等に、「大久保実、死ね」、「豚」「吸血鬼、大久保実」、「能登谷、お前はそれでも人間か」などと色とりどりに記載した約二百数十枚にものぼる多量のビラを乱雑に貼付した。なお、原告会社の就業規則によれば、会社の構内または諸施設内で集会、演説、貼紙、掲示、放送、文書等の配布及びこれに類する行為をするときまたはこれらの目的のために、会社の建物、土地、施設、備品等を使用しようとするときは、その都度、予め目的、使用希望日時、場所、人員等を明示して所定の手続を経て会社の許可を得ると共に、使用後は直ちに原状に復さなければならない、とされている。

同月二五日、原告会社は、その主要な出入口である正門については、乱雑に貼付されたビラをそのまま放置しておけば会社の体面にもかかわるので、門扉など正門部分については、管理職員を動員して撤去作業を行い、これと同時に、その余の部分に貼付されたビラについては、同月二七日までに撤去するよう被告組合に要求し、右二七日までに組合がこれをしないときには原告会社において撤去してその費用を請求する旨を通告した。しかし、被告組合が右期限である二七日までにビラを撤去しなかったので、原告会社は、訴外共進鉄建に依頼してこれを撤去させた。

原告会社は、右二五日に管理職員らを正門部分に貼付されたビラの撤去作業に従事させたが、これに要した時間に対応する右管理職員らの賃金相当額は、計算上で合計金一万一八六九円となり、また、原告会社は、その際使用したワイヤブラシ等を購入するため金四〇〇〇円の支出を余儀なくされたほか、正門部分以外の部分に貼付されたビラの撤去作業を依頼した共進鉄建に対して、同年一一月三〇日にその代金として金六万円を支払った。

以上の事実が認められる。

(二)  ところで、被告らは、本件ビラ貼付は正当な組合活動である旨主張するので判断するに、本件においては、前認定のとおり、就業規則によって、会社の許諾なくして会社施設に対してビラ等を貼付することは禁止されているから、被告組合またはその組合員が会社に無断で会社施設にビラを貼付することは、会社の管理利用権限を侵し、企業秩序を乱すものであるといわざるを得ず、また、会社が本件ビラ貼付を許諾しないことをもって権利の濫用というに足りる特段の事情が存在することも認められないから、被告組合またはその組合員による本件ビラ貼付は、原告会社の管理利用権限を侵害する違法なものというほかはない。

そこで、被告らの責任について検討するに、まず、本件ビラ貼付が被告組合の活動として行われたものである以上、被告組合が不法行為責任を負うことは明らかである。

次に、被告長崎及び同橋本については、被告長崎は被告組合の執行副委員長、同橋本は同書記長として、本件ビラ貼付の立案、計画、準備に参画したうえ、訪中使節団の一員として打合せ会に参加するため不在であった組合の執行委員長である被告杉田に代わり、本件ビラ貼付の際に他の組合員らを指揮してこれを実行したものであって、このような組合役員の行為は、前同様、一面において社団たる組合の行為であると同時に、他面において当該個人の行為であるから、原告会社は、被告長崎及び同橋本に対しても不法行為責任を追及することができるものというべきである。

また、被告杉田については、なるほど、同人は、一〇月二四日の夜は不在であって本件ビラ貼付行為そのものには加わらなかったものの、被告組合の執行委員長として、被告組合が本件ビラ貼付などによって処分に対する抗議行動を行うことについて、事前の協議に加わっていたのであるから、組合の執行委員長として、このような違法な行為が行われないよう防止のための努力をすべきであったのに、この防止努力を尽さなかっただけではなく、原告会社から被告組合に対して同月二七日までにビラを撤去するよう通告されていたのであるから、同人は、組合の執行委員長として、組合の行った違法な行為によって生じた状態を適法な状態に回復する努力をすべきであったのに、これをも放置して何らこの回復努力をしなかったのであるから、原告会社は、被告杉田に対しても不法行為責任を追及することができるものというべきである。

したがって、被告組合及び被告個人らは、原告会社に対し、各自本件ビラ貼付によって生じた原告会社の損害を賠償すべき義務を負うものと断ぜざるを得ない。

(三)  そこで、原告会社に生じた損害について検討する。

まず、原告会社が、右ビラの撤去期限として指定した同月二七日を経過した後に、訴外共進建鉄に既に撤去済である正門部分を除くその他の部分に貼付されたビラの撤去作業を依頼し、同年一一月三〇日にその代金として金六万円を支払った点について判断するに、前記認定のとおり、共進建鉄による撤去は、原告会社から被告組合に対して任意に撤去するよう要求したのにもかかわらず被告組合がこれに応じなかったために、やむを得ず行ったものであること、そのビラの枚数も約二〇〇枚前後と多量で、しかも、ビラは全面糊付されていたため、容易にははがすことができず、ビラを完全にはがそうとすれば、シャッターの塗装等も一部剥離せざるを得ないので、専門の業者に依頼することが必要であったこと等の事情を勘案すると、原告が右共進建鉄に正門部分を除くその余の部分のビラの撤去作業を依頼したことは相当として是認しうるものであるから、原告会社が共進建鉄に支払った代金である金六万円は、本件ビラ貼付行為と相当因果関係のある損害というべきである。

次に、原告会社が同月二五日に管理職員らに命じて工場正門部分に貼付されたビラを撤去させ、その費用として金一万五八六九円の損害が生じた点について判断するに、右撤去は、原告会社が被告組合に対して撤去期限として通告した同月二七日を待たずに行われたものであるが、被告組合は、前記のとおり、正門以外の部分に貼付されたビラを指定された右二七日までに撤去しなかったのであるから、仮に正門部分のビラが残存していたとしても、同様に右撤去期限までにこれを任意に撤去することはなかったものと考えられ、結局、後日、原告会社において右正門部分に貼付されたビラをも撤去せざるを得なかったであろうと推認されること、さらに、右正門部分は、原告会社の主要な出入口であって、常に秩序正しく清潔に保持管理しておくことが必要であるから、無秩序に貼付された多量のビラを早急に撤去する必要があったこと等の事情を併せ考えるならば、原告会社が右二五日に撤去作業を行ったために負担した金一万五八六九円も、本件ビラ貼付行為と相当因果関係のある損害というべきである。

そうすると、本件ビラ貼付行為と相当因果関係にある原告会社の損害は、合計金七万五八六九円となる。

3  以上によれば、被告ら四名は、原告会社に対し、各自前記1及び2の損害金合計金八万〇三六九円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年一月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

四  よって、原告能登谷の請求は、主文に記載の限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余の同原告の請求は理由がないからこれを棄却し、また、原告会社の請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、さらに、訴訟費用の負担につき、原告能登谷と被告組合との間に生じたものについては民事訴訟法八九条、九二条但書を、原告会社と被告ら四名との間に生じたものについては同法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 杉本正樹 裁判官須藤典明は転官につき署名押印できない。裁判長裁判官 宍戸達徳)

〈以下省略〉

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